一人でも多くの方が、この本を読んでくれることを願って書きます。
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「桶川ストーカー殺人事件-遺言」

【事件・犯罪】のノンフィクション書籍を語る上で外せない存在。
それは、「清水 潔」氏だろう。
ノンフィクションの書籍ランキングでは、常にトップを飾っている。
彼は、自ら現場で一から全てを取材する。
多大な時間と労力をかけて。
ひとりの週刊誌記者が、なぜそこまでするのだろうか。
それは、この本を読めばきっと分かると思う。
彼はこの事件で、警察よりも先に犯人を見つけ、警察の闇を暴いた。
記者クラブには属さない清水氏だからこそ伝えられた、何者にも制されない、現場の臨場感溢れるリアルな声。
この記事では、清水氏の、「記者の教科書」と絶賛された
「桶川ストーカー殺人事件-遺言」を紹介したい。
「桶川ストーカー殺人事件」とは

ひとりの女子大学生が、元交際相手の男とその仲間グループから、ストーカーなどの嫌がらせ行為を受け続けた末、
1999年10月26日、埼玉県桶川市の駅前で殺害された事件である。
警察によるずさんな対応、書類改ざんなどが大きな問題となった。
なぜ事件が起きたか
被害者である女子大学生(ここではAさんとする)は、どこにでもいる普通の女の子だった。

ある日、Aさんはゲームセンターで男性に声をかけられる。
この男が、のちの交際相手(ここではXとする)である。
この出会いが、Aさんの運命を大きく狂わせてしまうことになる。
ほどなくして、AさんとXは交際を始めた。

Xは自称・青年実業家で、Aさんにプレゼントすることが好きだった。
はじめは、ぬいぐるみなどの安価なものが多かったが、段々と高価なものに変わっていった。
ルイ・ヴィトンのバッグや高級スーツをプレゼントされるようになった。
彼女が断ると、「なぜ俺の愛情表現を受け取らないんだ!」とXは怒り、
彼女はXを不審に思うようになった。
Xの変貌

Xと付き合いだして、3ヶ月ほど経った頃、
Xのマンションに遊びに行ったAさんは、部屋に隠してあったビデオカメラで、盗撮されていることに気づく。
それを指摘すると、Xは突然、
「俺に逆らうなら、今までプレゼントした物の額として100万円払え。
払えないなら、今からお前の親に会いに行くぞ」
と大声で怒鳴った。
知り合った頃の、真面目で優しい人柄からは信じられない変貌だった。
家族が大好きだったAさんは、自分がこんな男と付き合っていると、知られたくなくて、家族に相談できなかった。
この日を境に、Aさんの生活はXに支配されるようになる。
異常なストーカー行為

携帯に30分おきに電話がかかってくるようになり、出ないと激しく激昂した。
犬の散歩中で出られない時は、「お前の犬を殺してやる」と言われ、
別れを切り出せば、
「それはお前の決めることじゃない!
俺はたくさん金を持ってる。
この世の中は金さえあれば何だってできるんだ!
お前の親父の会社○○だろ。
リストラされたらお前の弟達、学校行けなくなるぞ」
と脅された。
挙句の果てには、Aさんの大学の友人を金で買収し、「Aを見張るように」と学校まで監視をさせるようになった。
度重なる嫌がらせ
付き合いだしてから半年経ち、ついに限界を迎えたAさんは、別れをきっぱりとXに伝えた。
Xは心底怒り、「俺を裏切るやつは絶対に許さない」と吐き捨てた。
そして、Aさんの家に仲間と一緒に乗り込むと、恐喝を始めた。

恐喝のやりとりをテープレコーダーに録音し、
翌日、警察署に行ったAさんだったが、警察の反応は驚くほど冷たいものだった。
「ダメダメ、これは事件にならないよ」
「プレゼントたくさんもらって、別れたいと言われたら、普通の男は怒るよ。
あなたもいい思いをしたんじゃないの?」と。
2日間警察署に通ったが、まったく取り合ってくれなかった。
Xの行動はどんどんエスカレートしていった。

自宅周辺にAさんを誹謗中傷するビラを撒き、Aさんの父親の会社にも、800通もの大量な中傷の手紙を送った。
警察にそれらを持っていくと、
「これはいい紙を使ってますね。手が込んでいるなぁ」と笑いながら言われた。
最悪の結末

警察に相談しに行ってから1ヶ月半後の7月、ついに告訴が受理された。
しかし、2ヶ月後の9月。
刑事が家に訪ねてくるやいなや、「告訴を取り下げて欲しい」と言ってきた。
理由は言わなかったが、「告訴するなら、また出来ますよ」という刑事に対し、Aさんはきっぱり断った。
その間にも、嫌がらせが止むことはなかった。
そして、10月26日。
大学に行くために向かった駅前で、彼女は怯え続けた日々を、死という形で終えた。
Aさんは亡くなる前、信頼できる友人に、
「私が殺されたら、犯人はX」
と、犯人の名を伝えていた。
遺言となってしまった、その名前を。
衝撃の真相
清水氏の執念深い取材が実を結び、Aさんの家族、友人からも信頼を得ることができた。
そして、数々の取材の果てに、警察よりも先に
犯人グループを割り出し、真相を明らかにすることができた。
しかし、その真相は衝撃的で、とてもいまいましいものであった。
その要因は、この3つだろう。
①マスコミによって歪められた「被害者像」
②自分の手は決して汚さない「X」
③警察の闇
①マスコミによって歪められた「被害者像」

事件当日のAさんの所持品に、『グッチの腕時計』、『プラダのリュックサック』があったことから、
「ブランド狂いだった」「風俗店に勤務していた」という情報が、次々と報道された。
ブランド品を持っているのは、今時の女子大生では普通なこと。
しかも、ちゃんと自分でアルバイトをして稼いだお金で買っている。
『グッチの腕時計』は
「相当に使い込まれ、銀色の本体もベルトも、無数に細かい傷が付いていた」
「なんということもない、鈍い輝きを放っているだけだった。
二十代の女性がよく腕に巻いているような、それほど高価でもなく、
おそらくは大事に、長い期間、使い込まれた時計」
(「桶川ストーカー殺人事件-遺言」より引用)
と、実物を見た清水氏は語っている。
「風俗店に勤務していた」というのは、
友人から頼まれて、スナックでアルバイトしていたことが原因だろう。
しかし、「自分には合わない」と、2週間ほどで給料も受け取らず辞めている。
多くの週刊誌やワイドショーで、こういった誤った憶測が飛び交っていた。
②自分の手は決して汚さない「X」

Aさんを殺害した実行犯は、「X」ではない。
Xの仲間が殺したのだ。
Xはよく周囲に、
「俺は自分で手を下さない。金で動く人間はいくらでもいる」と言っていた。
そして、X以外の4人(Xの実兄含む)が逮捕・起訴された。
③警察の闇

本来、被害者の一番の味方であるはずの警察。
その警察が、この事件では、Aさんの友人から
「彼女は、犯人と警察に殺された」とまで言われている。
その要因をいくつか挙げてみる。
無気力警察
最初に問題となるのは、やはりAさんへの警察の態度だろう。
「プレゼントたくさんもらって~」など、上記の他に、
「(告訴は)時間かかるし、面倒くさいよ」、
「今試験中でしょ。試験が終わってから出直してくればいいのに」
などの言葉を浴びせた。
まず、被害者をいたわるのが普通ではないか。
なにより、恐怖のどん底にいる彼女が、一刻も早く、安心して家族と暮らせることを望んでいるのが分からなかったのだろうか。
ウソだらけの告訴

次に、告訴の問題。
告訴が受理された2ヶ月後、告訴の調書をとった刑事が、
「告訴を取り下げて欲しい」「告訴するなら、また出来る」と家に訪れた。
しかし、実際のところ、
一度取り下げた告訴は、その件ではまた告訴することはできない。
その刑事は嘘をついたのだ。
これだけではない。
事件後分かることなのだが、Aさんがやっとの思いで作成した告訴調書は
なんと改ざんされていたのだ。
警察が勝手に、「告訴状」を「被害届」に変えていたのだ。
後に、動機として「報告義務や捜査が面倒だと思い、告訴を減らしたかった」と語っている。
警察は当初、「告訴取り下げ要請の事実はない」と頑なに否認していた。
しかし、実際は取り下げうんぬんではなく、改ざんまで行なわれていた。
薄ら笑いの記者会見

埼玉県警上尾警察署(Aさんが被害を訴えていた署)は、事件発生後に記者会見を開いた。
事件の詳細を、記者クラブ所属の記者たちに話す為の会見である。
その場所で、上尾署の幹部は薄ら笑いを浮かべていた。
殺人事件の会見で、何を笑うことがあるのだろうか。
記者クラブ所属の記者たちを身内だと思っているのか、その笑みは止まらない。
その上、笑いながら、刺された部位を説明し出したのだ。
この会見の実際の映像は、テレビで放映され、当然のことだが、上尾署に多くの非難が集まった。
私もこの映像を見たことがあるが、胸くそ悪すぎてあまり直視出来なかった。
この会見をしていた幹部、「告訴取り下げ要請」をした刑事含め、三名が懲戒解雇となり、
その後、
虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
警察は、市民の安全を守る責任を課されたはずの存在ではなかったか。
私達は、どこへ助けを求めたらいいのだろか。
誰も望まなかった結末

事件の翌年1月。
犯人グループ4人の逮捕後、Xは全国に指名手配され、逃亡先の北海道・屈斜路湖で自殺した。
被疑者死亡で不起訴処分となった。
Xは、罪を償うことなく死んだ。
桶川ストーカー殺人事件、その後

この事件がきっかけとなり、2000年「ストーカー規制法」が制定された。
しかし、法ができたからといって、ストーカー絡みの事件が無くなったわけではない。
Aさんは、必死に訴えていた。
他の事件だって、被害者は勇気を出して、警察に助けを求めた。
警察が手を尽くしていたら、そう考えてしまう。
法があるなしの問題ではない。
防げた事件が防げなかったことが問題なのである。
「真実」を知るために

この本は、清水氏の「殺人犯はそこにいる」を読んだ時から、ずっと読みたかった本でした。
読了後、Xの卑劣さはもちろん、警察の実態にかなり驚きました。
被害者の味方であるはずの警察が起こした不祥事の数々。
この事件は、20年経った今でも、度々テレビで放送されています。
それだけセンセーショナルで、忘れてはいけない事件です。
「補章 遺品」とAさんのお父さんが書かれた「文庫化に寄せて」では、思わず涙しました。
この「桶川ストーカー殺人事件-遺言」は、事件が真相にたどり着くまでを鮮明に書かれた本です。
ひとりの週刊誌記者である彼が、「真実」を知るために。
事件を知っている方も知らない、
記事では書ききれなかった、Xの正体、なぜ犯人を見つけられたか、なぜ真相にたどり着いたかを、一つ一つ知ることが出来ます。
なぜ、彼女が犯人と警察に殺されたのか。
ぜひ、 その「真実」を確かめてください。
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